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カテゴリ:Photo Gallery( 13 )

***English text is below****
REMINDERS PHOTOGRAPHY STRONGHOLDで開催した写真集制作のワークショップに参加した写真家のグループ「PHOTOBOOK AS OBJECT / PHOTOBOOK WHO CARES」は、様々なフォトブックフェアで写真家の写真集の発表、販売を行っています。今回は3月1日から4日まで横浜市の大さん橋ホールで開かれる写真集のアートブックフェア「Photobook JP」に参加します。
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http://photobookjp.online/


ステートメント:2010年より渡伊し、イタリアを撮っているのだが「何故、イタリアか?」と問われることがある。
僕から言わせれば「逆にイタリア以外何処があるのか?」と疑問が起こる。
紀元前753年、狼に育てられた双子の兄弟ロムルスとレムスによって都市国家ローマが誕生し、
共和政から王政ローマへと神々の加護のもと発展を遂げてきた歴史の跡。
それらが遺構として残る街並みと人々を撮るという事だけでも、人生を捧げる価値があるのではないだろうか。
静と動、隠と陽、対局にあるもの。
神そして死というもの。
安定と不安定感。
長い期間撮影を通し深く考えた思考が、無意識の領域に写りだしてきたものたちが集まってきた。
複数のキーワードを元に写真を選出していく作業は、撮影期間とは全く別な行為で
無意識に写りだしたのもを意識の楽譜に置き換えていく
そうして最後に具象でもなく抽象とは呼べない「ぼやっ」としたものが現れた出してきた。

◎冊子:68ページ
◎写真:43点
◎サイズ:410mmx210mm  520g
◎部数:限定55部(受注生産)
◎価格:5,500円、署名入り
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Photobook JP
出展者名:PHOTOBOOK AS OBJECT /
     PHOTOBOOK WHO CARES
期間:3/1(木)〜3/4(日)
10:00〜18:00(最終日は17:00まで)
場所:大さん橋ホール
〒231-0002 神奈川県横浜市中区海岸通1丁目

*入場無料
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Having been visiting Italy since 2010 and taking photographs of it, I am sometimes asked: “Why Italy?”
For me, I would rather question: “On the contrary, is there any place other than Italy?”
The trail of history where city-state Rome was created in 753 BC by the twin brothers Romulus and Remus who were raised by wolves; and it developed from Republic to Imperial Rome under the protection of Gods.
Isn’t it worth devoting one’s life to take photographs of the streets with remnants of such heritages as well as people?
Stillness and motion, the negative and the positive, those in the opposite.
God and something called Death.
Stability and the sense of instability.
The thought conceived deeply through taking photographs for a long period of time has started to be photographed in the domain of unconsciousness and gathered.
The process of selecting photographs based on multiple key words is a completely different act from the one during taking photographs, replacing those unconsciously photographed with musical scores of consciousness.
And finally, there has started to emerge something “vague” that is not concrete nor can be described as abstract.
Having been visiting Italy since 2010 and taking photographs of it, I am sometimes asked: “Why Italy?”
For me, I would rather question: “On the contrary, is there any place other than Italy?”
The trail of history where city-state Rome was created in 753 BC by the twin brothers Romulus and Remus who were raised by wolves; and it developed from Republic to Imperial Rome under the protection of Gods.
Isn’t it worth devoting one’s life to take photographs of the streets with remnants of such heritages as well as people?
Stillness and motion, the negative and the positive, those in the opposite.
God and something called Death.
Stability and the sense of instability.
The thought conceived deeply through taking photographs for a long period of time has started to be photographed in the domain of unconsciousness and gathered.
The process of selecting photographs based on multiple key words is a completely different act from the one during taking photographs, replacing those unconsciously photographed with musical scores of consciousness.
And finally, there has started to emerge something “vague” that is not concrete nor can be described as abstract.

Book Details
68pages
43 images
410mmx210mm 520g
55 editions (made to order)
5,500JPY
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Photobook JP
Exhibitor's name: PHOTOBOOK AS OBJECT /
PHOTOBOOK WHO CARES
Dates:
3.1 Thu 10:00〜18:00
3.2 Fri 10:00〜18:00
3.3 Sat 10:00〜18:00
3.4 Sun 10:00〜17:00
Venue:
Osanbashi Hall
1 Kaigandori Nakaku Yokohama city, Kanagawa prefecture, Japan
*Admission: Free


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by takujiotsuka | 2018-02-11 15:19 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

Via Nomentana

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今回宿泊でお世話になったアパートはノメンターナ街道沿いに住んでいるマルコ夫妻の5LDKSの1室をお借りした。
部屋自体は小さいが専用バス&トイレ付きだし、共同で使うことができたキッチンは料理をする人間にとっては目をみはるくらいの設備が整っていた。
もっぱら夕食で使ったが、何せ作る料理がカルボナーラかブガティーニのグリッチャ風かペンネアラビアータの繰り返しなので設備を使い切ることはなかったのが残念だった。
それでも近所を散策してみるとパスタ屋やら精肉店など小売店がちらほらあって最終日にはお肉を買って一人お祝いをした。6ユーロで買ったお肉だったがとても新鮮で美味しく、日本で買ったら倍以上するだろうね。
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マルコ邸へはテルミニ駅から90番バスで約30分。
この90番バスはバスが2台連結していてトロリーバスと呼ばれ急行expressaとして走っている。
ノメンターナ街道はイタリアの古代ローマ街道の1つで、ローマから北東のNomentumまで、23km(14マイル)の道のりである。
これからの季節はスズカケの並木道が大変美しい通りで、街道の両側には大きな建物やヴィッラが数多く並んでいて景観を楽しませてくれる。
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ノメンターナ街道周辺といえばピア門をくぐり抜け城壁外ということになるが、
見所は自分で探していくしかない。
キオスクで売っている地図を片手にノメンターナ街道周辺を歩き倒そうと計画したが
それほど面白くなかった。花鳥風月は敢えて撮らないカメラマンではあるがそれにしてもかなり
寂しい思いをしたのだった。
ノメンターナ街道は夜になると一変し真っ暗街道になってしまい、写真は撮れないし意外とアップダウンが激しく体力の消耗が激しかったと記憶している。
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写真を撮り終わり家路の帰りのバス停の前にミニマーケットがある。インド人が経営し夜遅くまで開いてるので重宝している。
そこでビールとワインを買って家でチビチビとやるのが日課だったが、白ワインのpinot grigioがとても美味しく毎日飲んでいたら店の在庫を全て飲み干してしまったのであった。
by takujiotsuka | 2016-05-02 05:39 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

rome

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さて、1年ぶりにローマの街に降り立った印象はというと、やはりパリのテロ事件の影響で自粛モードというのか人も街も閑散としていた。違法移民は土地を追われ、客足が遠のいた店は閉店に追い込まれるわ、しまいに銀行までもが潰れる始末。
情緒あふれるローマは一変していてさすがに驚いてしまった。
そして3月22日ベルギー同時テロ。
もうヨーロッパ何処へ行っても安全とは言えないという、自分にも起こり得るのだと
覚悟のようなものが芽生えた日だった。
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それでも4月に入るとローマは徐々に観光客で賑わい始めた
今年に限っては「ジュビレオ・ストラオルディナーリオ(特別聖年)」となり四大聖堂含みサン・ピエトロ大聖堂の聖なる扉が開いてる故、信者がど〜っと押し寄せて来るのだ。
こういうところの宗教の力は流石だと言わざるを得ない。
毎週数万単位で教皇の説法を聞きに信者が集まり、年中休む間もなくオリンピックが開催されてるようなものだ。
そして信者が街に落としていったお金で経済が成り立ってるという
大変わかりやすい仕組みになっているからだ。
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やはりテロを警戒してのことか、大聖堂に入るためのセキュリティーは通常より厳しく昼間は長蛇の列だった。
空き始めた閉館ギリギリに入ると、ゆっくり聖なる扉をくぐることができた。
数十年に一度のハレーすい星も見ることはなく、1.33年に1回の割合の皆既日食にも目もくれなかったが、晴れて冥土の土産が唯一出来てホッとした思いだ。
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3月31日に亡くなったザハ・ハディッド氏はローマにMAXXI 国立21世紀美術館という作品を残した。
実は3月28日MAXXI へ撮影に行ったものだから、31日に訃報のニュースを見たときはびっくりしてビールを吹き出してしまった。
話題になった日本の新国立競技場とは規模は違えどローマってザハ氏に依頼できるほど金あったんだって、そこにもビックリ。
それでも、MAXXI 国立21世紀美術館というシンボルを建築したという決断は、良い選択だったと歴史が必ず証明してくれるはずだ。
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僕のローマの旅はもうちょっと続きます。
by takujiotsuka | 2016-04-18 23:53 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

3月15日

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3月15日という日を調べてみると靴の記念日、オリーブの日と出てくる。
グレゴリオ暦で年始から74日目(閏年では75日目)にあたり、年末まであと291日ということだ。
その太陽暦の起源を見てみるとユリウス・カエサルによって制定された地球が太陽の周りを回る周期を基にして作られた暦法、即ちユリウス暦にたどり着く。
そしてローマが生んだ唯一の創造的天才ユリウス・カエサルがローマ元老院にてブルートゥスらに暗殺された日付けが紀元前44年3月15日というわけだ。
そんな3月15日に再び romeへ出発することになった。
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最近のイタリア事情といえば今年2月から路上でタバコのポイ捨て禁止が決まったということだ。
罰金も最大で300ユーロも取られるらしい。
思い出すのは、路上でタバコのポイ捨てをするイタリア人男性が「掃除人の仕事を作ってあげてるからポイ捨てはO.Kだ。灰皿に捨てると彼等の仕事を奪うことになる」と言っていた。
よくそんな屁理屈が通用するものだと感心したものだった。
romeでよく見かけるゴミ掃除の人たちは市の職員だと聞かされたのだけど、実際のところ東欧などからの移民がその職にありついてるというのが事実らしい。
そういえば、過去に部屋を間借りしてた大家さん家も家政婦が週一で掃除に来てたなぁ。
人にもよると思うが、片付けとか掃除の習慣というものが日本人とは全く異なるのかもしれない。
何れにしても街並みがきれいになるのは喜ばしい。
また僕も1年前にタバコをやめたのでポイ捨ての罪を犯す心配もないというわけだ。
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そういう訳でここ数日は渡伊の準備中になっている。
何気に一番頭を悩ますのが靴のことだったりするんだな。
渡伊の目的は写真を撮ることで、必然的に一日中歩き倒して写真を撮ることになるので
結構履く物が重要になってくる。
厄介なのが慣れない石畳を歩くのとアスファルトを歩くのとでは疲れ方が全く違うし、靴の消耗度も激しいのだ。
大体1回の渡航で1足を履きつぶす計算になってしまう。
天気予報を見ると雨も続くようなので、防水機能もあったほうがこの時期は良いね。
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そして小説を数冊買っていこう
どういうわけか現地では活字が読みたくなる。
romeの事務所にあった藤沢 周平は全て読んでしまったし。
1冊はもう決まって「 レヴェナント 蘇えりし者」を公開が待ちきれず原作を買ってしまった。
もう1冊はやっぱり藤沢作品にしようか。
外国で日本の時代劇を読むという行為は、何だかとても贅沢な気分を味わえるのだ。
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以前出向いたミラノ近郊田舎のキオスクで「サラダ記念日」がイタリア語で売っていた。
それを同行したイタリア人から「タク(僕の呼び名)日本人の本が売ってるよ」と教えられたことがあった。
辺境の田舎で日本人の作品があることに驚いた。
しかしそれ以上にイタリア人が「サラダ記念日」を知ってたことは、なんだかとても嬉しかった。

※渡伊のため、ブログは1ヶ月ほどお休みします
by takujiotsuka | 2016-03-12 22:40 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

Farmacia

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イタリアの薬局はとても分かりやすく赤か緑の十字が目印となっている。
その為かスペイン階段下にある薬局は緑の十字が目をひくため日本人ツーリストの格好の待ち合場所となってしまってたりする。
大体この季節になると日中は20℃以上気温が上がり、日中はポカポカ陽気でで大変過ごしやすいが夜は
ガラッと変わり急激に寒くなり、汗をかいてはアウターを脱いだり着たりをしてるうちにとうとう風邪をひいてしまったりするのだった。
そうしてお世話になるのが現地の薬局である
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日本での調剤薬局がイタリアの薬局ということで、自らいろいろな商品から選んで購入する日本とは違い
処方箋が必要な薬以外も対面販売が基本で、薬剤師さんに自分の体調や症状を伝えて薬を販売してもらうことになっている。(これは多分フランスも一緒だった。)
と、あらゆる面でコミュニケーションが必要なのがイタリアというお国柄なのである。
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もっともポピュラーな風邪薬はお湯に溶かして飲んだりと、日本では小児科用か?と思うような、
甘〜い飲み薬があったり、これで効くのかな?と思ってしまうような甘いドロップスなんかもある。
これらは全て薬剤師に処方して販売してもらうのだが、お国柄によって薬の飲み方やパッケージが違ったりするのは面白い発見だったりする。
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by takujiotsuka | 2016-03-06 11:36 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

Cavour

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イタリア時間というものを経験すると、日本のように時間に追われる毎日はとても馬鹿らしく
思えてくる。もちろん世界中どこへ行こうとも1日は24時間なわけだからイタリアだけ時間が遅れて
進んでる事ではない。しかしながら体感時間は日本と比べようもないくらいゆっくり進んでいる。
今年のサマータイムの開始日時:2016年3月27日(日)2時0分 ということで乾季に入りプラス1時間、時間を進めるのだけれど、夏に向けて徐々に日の入りが21時近くになるのでこうした体感現象が起こるのだろう。
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滞在中、カヴールにある事務所で寝泊まりしてる時の日曜日の午前中は決まってコインランドリーで洗濯日になっている。
敬虔な信者がゾロゾロと教会に向かってる時間帯に洗濯物を担いで歩くというのは巡礼者の気分だが、
カタルシスより洗濯を選ぶ自分はやはり日本人なんだろう。
イタリアのコインランドリー事情で日本との違いといえば全くの無人ではないという事だ。
それはCavourにある2件のコインランドリーに限ってなのかは定かではないが、
安全面なのかとにかくイタリアのコインランドリーは無人ではなく内勤者がいて、両替などの対応をしてくれるは助かっている。
料金は洗濯3ユーロ乾燥4ユーロといったところだ。円換算するとけっこうな割高になっている。
また、2ユーロ足せば洗濯と乾燥をお願いして後日引き取りにいけば畳んで袋に入れてくれてるというサービスを彼らはしている。
大概は店の中やら外で洗濯が終わるまでうろちょろするわけだ。
と、其処に熊の様にでかい浮浪者がやってくる。名前は分からないけどCavour界隈を縄張りにしてる浮浪者だ。
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コインランドリーの3件隣にはカフェの自動販売機があって1杯0.5ユーロでカフェが出てくる。
実は彼と僕は其処の常連組というわけで顔見知りというわけだ。
日本でいうところの同じ釜の飯を食った仲間という意識なのだろうか?
彼は、朝教会から紙袋いっぱいに施しをうけたパンを僕に差し出すのである。
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by takujiotsuka | 2016-02-29 11:10 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

Repubblica

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地下鉄A線の駅の一つ。駅の前には共和国広場がある。ローマテルミニ駅と隣接してるので、
混み合ってるテルミニ駅を使うよりは、空いているRepubblica駅で乗り降りすることが多い。
周辺にはローマ三越もあって日本人ツーリストの待ち合わせ場所となっている。
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5年前は駅前のエクセドラにマクドナルドが入っていてそこで朝食をとっていた。
そこのマクドナルドの面白いところは外国人がコーヒーを注文すると、アメリカンかイタリアンか必ず聞いてくる。イタリアでコーヒーといえばエスプレッソが主流であり、マクドナルドと言えど例外ではない。作ってるコーヒーメーカーはエスプレッソ用なので、果たしてアメリカンはどうやって作るのか不思議だったが、観察してみると出来あがったイタリアンコーヒーにお湯を足してるだけだった。
しかしながら豆を毎回変えてるせいか、水のせいなのかは不明だがとにかく非常に美味しかった記憶がある。
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レプッブリカ駅からテルミニ駅への一通の道Via della trme di Dioclezianoには古本屋がずらりと並んで
る一角があり退廃的で格好の撮影場所だ。
ただし、移民も住み着いていて怪しい雰囲気を醸し出している。
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ある夏の日、カメラバッグを担いでVia della trme di Dioclezianoをブラついていた。
屋台にあったスイカがうまそうで一つ買ってカメラバッグを下ろして道端でムシャムシャ食べてると、
スーツを着た紳士が手に持ってる地図を指差して僕に語りかけてくる。距離にして2mくらいだったか、
困ってる様子に見えたので地図で教えてやろうと近づいた瞬間、やられてしまった。
2人組の連携プレーにより、僕が一人に近づいた時置いていたカメラバッグからもう一人がカメラを盗んでいったのだ。僅か1,2秒の出来事だがベタな手口に引っかかってしまいました。
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デジカメなら未だしも、今時フィルムカメラなんて一文にもならないだろうにね。
確認してから盗んでくれ給え。
by takujiotsuka | 2016-02-14 21:06 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

acqua2

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2014年12月のことだった。
ローマ滞在時、この年の冬は事務所に寝泊まりしてたのだけれど、暖房器具は気休めのヒーターくらいで何せ部屋の中は寒い。
その為、就寝時はワインを煽ってダウンを着たまま眠ることが必須となっていた。
また、この年は何やら水回りの故障がやたら多く、トイレの給水タンクに水が溜まらなくなったり、
給湯器が故障してシャワーが使えなくなったり散々だった。
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僕が行った大概のイタリアの街は旧市街と新市街に分かれてて、住人はインフラ整備が整ってる新市街に移り住み、観光客は遺産を見に旧市街へと繰り出すという縮図が出来上がってるが、ローマに関しては街全体が旧市街の為、建物の景観は美しく保たれてはいるが、生活においては配管など老朽化が進み実情は上記のように結構大変だったりする。
その日も翌日の撮影に備え12:00前には就寝したと記憶している。
夢うつつの中、「ドーン」という音が聞こえた。
嗚呼、きっとクリスマス前で浮かれたイタリア人が花火でも上げてるんだろうと思い、ゆっくり眠りについていった。
事務所のマンションを出るとすぐにbarがあり、珍しいいことにカラオケが設置され観光客が歌ってる事が暫しある。そしてマンションの地下は近所のストリップ劇場のトイレと繋がってるらしく深夜遅くまで重低音が鳴り響いてる。
そういう訳で日常的に騒音には慣れてるので、その日も何かの音が鳴ってるくらいだったのだが、何かおかしい。
ふと足がベットからはみ出してた。これで飲みかけのグラスを足で引っ掛けて倒してしまうことがある。
足に水が触れて今回もやってしまったと寝ぼけてたが、様子がおかしい。
洪水だ!と瞬間的に飛び起きた。
先ほどから聞こえる「シャー」という音が現実味を帯びてくる。
床上浸水20cmというところか?停電になって全く目視出来ない。
明かりが欲しい!水没してるi phoneを引っ張り出した。
携帯の明かりを頼りに隣の浴室を慌てて覗いてみる。原因はシャワーの給湯器が見事に壁から剥がれ落ち、配管から勢い良く水が噴出してる。
こんな状況何かの映画で見たなぁって頭の片隅で過ぎったが、題名を思い出してる場合ではなかった。
i phoneの電池残量は残り僅かだったが、電話でなんとか助けを呼んだ。到着まで1時間。
噴出してる水をなんとかしなければ、と同時に玄関を開けて大声で叫んだが誰も気づいてくれない。
捥げたホースを利用してなんとか風呂桶に水を流すことができたのは良いおもいつきだった。
風呂桶にみるみる水が溜まっていくがそこから溢れ出ることはなかったからだ。
徐々に冷静さを取り戻す事は出来たが、水との格闘で憔悴しきってたのだろうか、ホースを持つ手に力が入らない。
やっと助けが来て元栓を止めることができたのは午前2時を過ぎていたと思う。
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やはりイタリアってのは石の文化である訳で1週間もすると多少臭いは残るが、
何もなかったように乾いていたのは驚きだった。
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床に置いていたCANON70mm~200mmは水没してご臨終を迎えましたが、
Domkeに入れてた機材は無事でした。
by takujiotsuka | 2016-02-07 14:46 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

acqua

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古代ローマ帝国時代において、都市国家に溢れかえる豊富な水が繁栄の象徴とされていた。
現代においてもその名残がみうけられて、ローマ市内には沢山の噴水、無料の水飲み場が点在し、
その数は誰も正確に把握できていないということだ。
そしてローマにはイタリアで三番目に長い川テヴェレ川が流れている。
テヴェレ川を境に西側にある昔ながらの歴史が残る下町がトラステヴェレ地区だ。
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そのトラステヴェレ地区に数ヶ月滞在したときのことだった。
その日の朝は春らしく陽気な天気だったと記憶している。とはいってもイタリアで春という季節自体
認識されてるのか疑問なので、ここでいう春はいつも東京で迎えてる、あくびが出るくらい穏やかな日ということにしておこう。
午前7:00借りてるマンションを出て、待ち合わせ場所のキオスクまで行く。
トラステヴェレからテルミニ駅までは、バスとトラムを乗り継いで行くしかないのだが、
ATACのストライキと重なったようで、その日は車で迎えに来てもらうことになっていた。
しかしさすがイタリア人、待てど暮らせど来る気配がない。
よく見るとキオスクの横にはナゾーネ”(Nasone)と呼ばれる小さな水飲み場があった。
通りががりの通行人が屈んではナゾーネから噴出してる水を飲んでいるので、
生水は飲まないと決めてはいたが一口位は大丈夫と思い、飲んでみた。
そうこうしてる内にやっと迎えの車が到着し、テルミニ駅へとむかうことができた。

予約してたナポリ行きのユーロスターに乗り込み発車まで待ってると、何やら急激に悪寒がしてきた。
ナポリ到着間際には悪寒を通りこして、遂には持ってきた薄手のダウンでは役に立たないくらいガクガク震え始めていた。
水上ジェットに乗り換えアマルフィーに到着。陸地に上がった瞬間からまともに歩くことさえままならない。
その後の足取りは記憶がなく、気絶したようにホテルで寝込んでしまったようだ。
朦朧とした意識の中で覚えてるのは、窓から見える光を浴びて真っ青に美しく輝くティレニア海。
そして、対照的にテレビから映し出される家すら丸ごと飲み込んでる反乱した川。
それが果たして川と呼ばれていたものなのかさえ判別出来ないような全てを飲み込んでいく悪魔のような濁流の映像。

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自分とは無縁な国の出来事ではあるが、、僕身体がその濁流に飲み込まれ手足の関節がもぎ取られたような錯覚と夢に陥っていた。
3日後、なんとか熱も下がり意識もしっかりしたときに聞かされたのが、
自分とは無縁な国ではなく、日本の国で起きた出来事だと始めて知らされた。
それが僕の2011年3月11日の出来事だった
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by takujiotsuka | 2016-02-01 16:01 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

不思議の国の住人たち

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客観的な<もの>
「ストレート」な写真 一鮮鋭性と正面性、そして中心性に特徴づけられる。
<それ>は、しばしもっとも非創造的でアートレスなイメージだとみなされてきた。
写真それ自体が注意を引かないために、そこに写された対象の代わりを務めることになるからだ。
1920年代から1930年代にかけて、ドイツに出現したノイエ ザッハリッヒカイト(新即物主義)は、
そうした写真こそ産業の精神に同調するものだと考えた。シェルレアリストたちは、ウジェーヌ・アジェの人影のないストリート写真に、人の心に入り込むような直接性を見出した。そして、ロランバルトはその著書「明るい部屋」のなかでストレートなポートレート写真がもっとも深く感動的なイメージである、
なぜならば、そうした写真は見る者にその被写体へのまっすぐなアクセスを許すからだ   と書いている。
アーティストたちがストレート写真に目を向けるようになったのは、アートがモダニズム絵画と結びついた表現主義を脱ぎ捨てようとしていた時代と重なる。
それは、大量生産された<もの>を使った実用的なイメージだった。
そこではイメージとその対象との表象と現実の境界があいまいにされていた。対象が彫刻でもよかったし、反復するだけでも、ただ単に記録するだけでもよかった。
ストレートなイメージが持つアンビヴァレンスは、それをアートにおける写真のもっとも有力な形態へと押し上げたのだ。
※原本は手元にありませんが、作品作りの際参考にしてた文章から抜粋しました。
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アンビヴァレンスがもつ反応、事柄が「不思議の国の住人たち」へとつながっていったのか?
というと中、長期的に作品を制作していく過程ではセルフイメージ一つとっても変化が起こりうるものです。
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Assisi
この町出身の聖フランシスコの伝説に導かれ、病床にいる母のため祈りを捧げようと訪れた。
後日、奇跡的に回復した母にイタリアで撮った数十枚プリントした写真を見せる機会があったのだが、
というか一番に見てもらいたかったのだ。
特に説明をしたわけではないが、「一枚選ぶとしたら」という問いに母は「これ」と
このAssisiの写真を躊躇なく選んだ。
永遠と無常が織りなす不思議の世界がこの写真に見出されたのだ。
by takujiotsuka | 2016-01-17 10:24 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)