***English text is below****
REMINDERS PHOTOGRAPHY STRONGHOLDで開催した写真集制作のワークショップに参加した写真家のグループ「PHOTOBOOK AS OBJECT / PHOTOBOOK WHO CARES」は、様々なフォトブックフェアで写真家の写真集の発表、販売を行っています。今回は3月1日から4日まで横浜市の大さん橋ホールで開かれる写真集のアートブックフェア「Photobook JP」に参加します。
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http://photobookjp.online/


ステートメント:2010年より渡伊し、イタリアを撮っているのだが「何故、イタリアか?」と問われることがある。
僕から言わせれば「逆にイタリア以外何処があるのか?」と疑問が起こる。
紀元前753年、狼に育てられた双子の兄弟ロムルスとレムスによって都市国家ローマが誕生し、
共和政から王政ローマへと神々の加護のもと発展を遂げてきた歴史の跡。
それらが遺構として残る街並みと人々を撮るという事だけでも、人生を捧げる価値があるのではないだろうか。
静と動、隠と陽、対局にあるもの。
神そして死というもの。
安定と不安定感。
長い期間撮影を通し深く考えた思考が、無意識の領域に写りだしてきたものたちが集まってきた。
複数のキーワードを元に写真を選出していく作業は、撮影期間とは全く別な行為で
無意識に写りだしたのもを意識の楽譜に置き換えていく
そうして最後に具象でもなく抽象とは呼べない「ぼやっ」としたものが現れた出してきた。

◎冊子:68ページ
◎写真:43点
◎サイズ:410mmx210mm  520g
◎部数:限定55部(受注生産)
◎価格:5,500円、署名入り
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Photobook JP
出展者名:PHOTOBOOK AS OBJECT /
     PHOTOBOOK WHO CARES
期間:3/1(木)〜3/4(日)
10:00〜18:00(最終日は17:00まで)
場所:大さん橋ホール
〒231-0002 神奈川県横浜市中区海岸通1丁目

*入場無料
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Having been visiting Italy since 2010 and taking photographs of it, I am sometimes asked: “Why Italy?”
For me, I would rather question: “On the contrary, is there any place other than Italy?”
The trail of history where city-state Rome was created in 753 BC by the twin brothers Romulus and Remus who were raised by wolves; and it developed from Republic to Imperial Rome under the protection of Gods.
Isn’t it worth devoting one’s life to take photographs of the streets with remnants of such heritages as well as people?
Stillness and motion, the negative and the positive, those in the opposite.
God and something called Death.
Stability and the sense of instability.
The thought conceived deeply through taking photographs for a long period of time has started to be photographed in the domain of unconsciousness and gathered.
The process of selecting photographs based on multiple key words is a completely different act from the one during taking photographs, replacing those unconsciously photographed with musical scores of consciousness.
And finally, there has started to emerge something “vague” that is not concrete nor can be described as abstract.
Having been visiting Italy since 2010 and taking photographs of it, I am sometimes asked: “Why Italy?”
For me, I would rather question: “On the contrary, is there any place other than Italy?”
The trail of history where city-state Rome was created in 753 BC by the twin brothers Romulus and Remus who were raised by wolves; and it developed from Republic to Imperial Rome under the protection of Gods.
Isn’t it worth devoting one’s life to take photographs of the streets with remnants of such heritages as well as people?
Stillness and motion, the negative and the positive, those in the opposite.
God and something called Death.
Stability and the sense of instability.
The thought conceived deeply through taking photographs for a long period of time has started to be photographed in the domain of unconsciousness and gathered.
The process of selecting photographs based on multiple key words is a completely different act from the one during taking photographs, replacing those unconsciously photographed with musical scores of consciousness.
And finally, there has started to emerge something “vague” that is not concrete nor can be described as abstract.

Book Details
68pages
43 images
410mmx210mm 520g
55 editions (made to order)
5,500JPY
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Photobook JP
Exhibitor's name: PHOTOBOOK AS OBJECT /
PHOTOBOOK WHO CARES
Dates:
3.1 Thu 10:00〜18:00
3.2 Fri 10:00〜18:00
3.3 Sat 10:00〜18:00
3.4 Sun 10:00〜17:00
Venue:
Osanbashi Hall
1 Kaigandori Nakaku Yokohama city, Kanagawa prefecture, Japan
*Admission: Free


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# by takujiotsuka | 2018-02-11 15:19 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

Via Nomentana

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今回宿泊でお世話になったアパートはノメンターナ街道沿いに住んでいるマルコ夫妻の5LDKSの1室をお借りした。
部屋自体は小さいが専用バス&トイレ付きだし、共同で使うことができたキッチンは料理をする人間にとっては目をみはるくらいの設備が整っていた。
もっぱら夕食で使ったが、何せ作る料理がカルボナーラかブガティーニのグリッチャ風かペンネアラビアータの繰り返しなので設備を使い切ることはなかったのが残念だった。
それでも近所を散策してみるとパスタ屋やら精肉店など小売店がちらほらあって最終日にはお肉を買って一人お祝いをした。6ユーロで買ったお肉だったがとても新鮮で美味しく、日本で買ったら倍以上するだろうね。
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マルコ邸へはテルミニ駅から90番バスで約30分。
この90番バスはバスが2台連結していてトロリーバスと呼ばれ急行expressaとして走っている。
ノメンターナ街道はイタリアの古代ローマ街道の1つで、ローマから北東のNomentumまで、23km(14マイル)の道のりである。
これからの季節はスズカケの並木道が大変美しい通りで、街道の両側には大きな建物やヴィッラが数多く並んでいて景観を楽しませてくれる。
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ノメンターナ街道周辺といえばピア門をくぐり抜け城壁外ということになるが、
見所は自分で探していくしかない。
キオスクで売っている地図を片手にノメンターナ街道周辺を歩き倒そうと計画したが
それほど面白くなかった。花鳥風月は敢えて撮らないカメラマンではあるがそれにしてもかなり
寂しい思いをしたのだった。
ノメンターナ街道は夜になると一変し真っ暗街道になってしまい、写真は撮れないし意外とアップダウンが激しく体力の消耗が激しかったと記憶している。
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写真を撮り終わり家路の帰りのバス停の前にミニマーケットがある。インド人が経営し夜遅くまで開いてるので重宝している。
そこでビールとワインを買って家でチビチビとやるのが日課だったが、白ワインのpinot grigioがとても美味しく毎日飲んでいたら店の在庫を全て飲み干してしまったのであった。
# by takujiotsuka | 2016-05-02 05:39 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

rome

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さて、1年ぶりにローマの街に降り立った印象はというと、やはりパリのテロ事件の影響で自粛モードというのか人も街も閑散としていた。違法移民は土地を追われ、客足が遠のいた店は閉店に追い込まれるわ、しまいに銀行までもが潰れる始末。
情緒あふれるローマは一変していてさすがに驚いてしまった。
そして3月22日ベルギー同時テロ。
もうヨーロッパ何処へ行っても安全とは言えないという、自分にも起こり得るのだと
覚悟のようなものが芽生えた日だった。
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それでも4月に入るとローマは徐々に観光客で賑わい始めた
今年に限っては「ジュビレオ・ストラオルディナーリオ(特別聖年)」となり四大聖堂含みサン・ピエトロ大聖堂の聖なる扉が開いてる故、信者がど〜っと押し寄せて来るのだ。
こういうところの宗教の力は流石だと言わざるを得ない。
毎週数万単位で教皇の説法を聞きに信者が集まり、年中休む間もなくオリンピックが開催されてるようなものだ。
そして信者が街に落としていったお金で経済が成り立ってるという
大変わかりやすい仕組みになっているからだ。
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やはりテロを警戒してのことか、大聖堂に入るためのセキュリティーは通常より厳しく昼間は長蛇の列だった。
空き始めた閉館ギリギリに入ると、ゆっくり聖なる扉をくぐることができた。
数十年に一度のハレーすい星も見ることはなく、1.33年に1回の割合の皆既日食にも目もくれなかったが、晴れて冥土の土産が唯一出来てホッとした思いだ。
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3月31日に亡くなったザハ・ハディッド氏はローマにMAXXI 国立21世紀美術館という作品を残した。
実は3月28日MAXXI へ撮影に行ったものだから、31日に訃報のニュースを見たときはびっくりしてビールを吹き出してしまった。
話題になった日本の新国立競技場とは規模は違えどローマってザハ氏に依頼できるほど金あったんだって、そこにもビックリ。
それでも、MAXXI 国立21世紀美術館というシンボルを建築したという決断は、良い選択だったと歴史が必ず証明してくれるはずだ。
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僕のローマの旅はもうちょっと続きます。
# by takujiotsuka | 2016-04-18 23:53 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

3月15日

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3月15日という日を調べてみると靴の記念日、オリーブの日と出てくる。
グレゴリオ暦で年始から74日目(閏年では75日目)にあたり、年末まであと291日ということだ。
その太陽暦の起源を見てみるとユリウス・カエサルによって制定された地球が太陽の周りを回る周期を基にして作られた暦法、即ちユリウス暦にたどり着く。
そしてローマが生んだ唯一の創造的天才ユリウス・カエサルがローマ元老院にてブルートゥスらに暗殺された日付けが紀元前44年3月15日というわけだ。
そんな3月15日に再び romeへ出発することになった。
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最近のイタリア事情といえば今年2月から路上でタバコのポイ捨て禁止が決まったということだ。
罰金も最大で300ユーロも取られるらしい。
思い出すのは、路上でタバコのポイ捨てをするイタリア人男性が「掃除人の仕事を作ってあげてるからポイ捨てはO.Kだ。灰皿に捨てると彼等の仕事を奪うことになる」と言っていた。
よくそんな屁理屈が通用するものだと感心したものだった。
romeでよく見かけるゴミ掃除の人たちは市の職員だと聞かされたのだけど、実際のところ東欧などからの移民がその職にありついてるというのが事実らしい。
そういえば、過去に部屋を間借りしてた大家さん家も家政婦が週一で掃除に来てたなぁ。
人にもよると思うが、片付けとか掃除の習慣というものが日本人とは全く異なるのかもしれない。
何れにしても街並みがきれいになるのは喜ばしい。
また僕も1年前にタバコをやめたのでポイ捨ての罪を犯す心配もないというわけだ。
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そういう訳でここ数日は渡伊の準備中になっている。
何気に一番頭を悩ますのが靴のことだったりするんだな。
渡伊の目的は写真を撮ることで、必然的に一日中歩き倒して写真を撮ることになるので
結構履く物が重要になってくる。
厄介なのが慣れない石畳を歩くのとアスファルトを歩くのとでは疲れ方が全く違うし、靴の消耗度も激しいのだ。
大体1回の渡航で1足を履きつぶす計算になってしまう。
天気予報を見ると雨も続くようなので、防水機能もあったほうがこの時期は良いね。
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そして小説を数冊買っていこう
どういうわけか現地では活字が読みたくなる。
romeの事務所にあった藤沢 周平は全て読んでしまったし。
1冊はもう決まって「 レヴェナント 蘇えりし者」を公開が待ちきれず原作を買ってしまった。
もう1冊はやっぱり藤沢作品にしようか。
外国で日本の時代劇を読むという行為は、何だかとても贅沢な気分を味わえるのだ。
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以前出向いたミラノ近郊田舎のキオスクで「サラダ記念日」がイタリア語で売っていた。
それを同行したイタリア人から「タク(僕の呼び名)日本人の本が売ってるよ」と教えられたことがあった。
辺境の田舎で日本人の作品があることに驚いた。
しかしそれ以上にイタリア人が「サラダ記念日」を知ってたことは、なんだかとても嬉しかった。

※渡伊のため、ブログは1ヶ月ほどお休みします
# by takujiotsuka | 2016-03-12 22:40 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

Farmacia

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イタリアの薬局はとても分かりやすく赤か緑の十字が目印となっている。
その為かスペイン階段下にある薬局は緑の十字が目をひくため日本人ツーリストの格好の待ち合場所となってしまってたりする。
大体この季節になると日中は20℃以上気温が上がり、日中はポカポカ陽気でで大変過ごしやすいが夜は
ガラッと変わり急激に寒くなり、汗をかいてはアウターを脱いだり着たりをしてるうちにとうとう風邪をひいてしまったりするのだった。
そうしてお世話になるのが現地の薬局である
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日本での調剤薬局がイタリアの薬局ということで、自らいろいろな商品から選んで購入する日本とは違い
処方箋が必要な薬以外も対面販売が基本で、薬剤師さんに自分の体調や症状を伝えて薬を販売してもらうことになっている。(これは多分フランスも一緒だった。)
と、あらゆる面でコミュニケーションが必要なのがイタリアというお国柄なのである。
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もっともポピュラーな風邪薬はお湯に溶かして飲んだりと、日本では小児科用か?と思うような、
甘〜い飲み薬があったり、これで効くのかな?と思ってしまうような甘いドロップスなんかもある。
これらは全て薬剤師に処方して販売してもらうのだが、お国柄によって薬の飲み方やパッケージが違ったりするのは面白い発見だったりする。
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# by takujiotsuka | 2016-03-06 11:36 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

Cavour

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イタリア時間というものを経験すると、日本のように時間に追われる毎日はとても馬鹿らしく
思えてくる。もちろん世界中どこへ行こうとも1日は24時間なわけだからイタリアだけ時間が遅れて
進んでる事ではない。しかしながら体感時間は日本と比べようもないくらいゆっくり進んでいる。
今年のサマータイムの開始日時:2016年3月27日(日)2時0分 ということで乾季に入りプラス1時間、時間を進めるのだけれど、夏に向けて徐々に日の入りが21時近くになるのでこうした体感現象が起こるのだろう。
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滞在中、カヴールにある事務所で寝泊まりしてる時の日曜日の午前中は決まってコインランドリーで洗濯日になっている。
敬虔な信者がゾロゾロと教会に向かってる時間帯に洗濯物を担いで歩くというのは巡礼者の気分だが、
カタルシスより洗濯を選ぶ自分はやはり日本人なんだろう。
イタリアのコインランドリー事情で日本との違いといえば全くの無人ではないという事だ。
それはCavourにある2件のコインランドリーに限ってなのかは定かではないが、
安全面なのかとにかくイタリアのコインランドリーは無人ではなく内勤者がいて、両替などの対応をしてくれるは助かっている。
料金は洗濯3ユーロ乾燥4ユーロといったところだ。円換算するとけっこうな割高になっている。
また、2ユーロ足せば洗濯と乾燥をお願いして後日引き取りにいけば畳んで袋に入れてくれてるというサービスを彼らはしている。
大概は店の中やら外で洗濯が終わるまでうろちょろするわけだ。
と、其処に熊の様にでかい浮浪者がやってくる。名前は分からないけどCavour界隈を縄張りにしてる浮浪者だ。
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コインランドリーの3件隣にはカフェの自動販売機があって1杯0.5ユーロでカフェが出てくる。
実は彼と僕は其処の常連組というわけで顔見知りというわけだ。
日本でいうところの同じ釜の飯を食った仲間という意識なのだろうか?
彼は、朝教会から紙袋いっぱいに施しをうけたパンを僕に差し出すのである。
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# by takujiotsuka | 2016-02-29 11:10 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

Repubblica

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地下鉄A線の駅の一つ。駅の前には共和国広場がある。ローマテルミニ駅と隣接してるので、
混み合ってるテルミニ駅を使うよりは、空いているRepubblica駅で乗り降りすることが多い。
周辺にはローマ三越もあって日本人ツーリストの待ち合わせ場所となっている。
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5年前は駅前のエクセドラにマクドナルドが入っていてそこで朝食をとっていた。
そこのマクドナルドの面白いところは外国人がコーヒーを注文すると、アメリカンかイタリアンか必ず聞いてくる。イタリアでコーヒーといえばエスプレッソが主流であり、マクドナルドと言えど例外ではない。作ってるコーヒーメーカーはエスプレッソ用なので、果たしてアメリカンはどうやって作るのか不思議だったが、観察してみると出来あがったイタリアンコーヒーにお湯を足してるだけだった。
しかしながら豆を毎回変えてるせいか、水のせいなのかは不明だがとにかく非常に美味しかった記憶がある。
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レプッブリカ駅からテルミニ駅への一通の道Via della trme di Dioclezianoには古本屋がずらりと並んで
る一角があり退廃的で格好の撮影場所だ。
ただし、移民も住み着いていて怪しい雰囲気を醸し出している。
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ある夏の日、カメラバッグを担いでVia della trme di Dioclezianoをブラついていた。
屋台にあったスイカがうまそうで一つ買ってカメラバッグを下ろして道端でムシャムシャ食べてると、
スーツを着た紳士が手に持ってる地図を指差して僕に語りかけてくる。距離にして2mくらいだったか、
困ってる様子に見えたので地図で教えてやろうと近づいた瞬間、やられてしまった。
2人組の連携プレーにより、僕が一人に近づいた時置いていたカメラバッグからもう一人がカメラを盗んでいったのだ。僅か1,2秒の出来事だがベタな手口に引っかかってしまいました。
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デジカメなら未だしも、今時フィルムカメラなんて一文にもならないだろうにね。
確認してから盗んでくれ給え。
# by takujiotsuka | 2016-02-14 21:06 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

acqua2

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2014年12月のことだった。
ローマ滞在時、この年の冬は事務所に寝泊まりしてたのだけれど、暖房器具は気休めのヒーターくらいで何せ部屋の中は寒い。
その為、就寝時はワインを煽ってダウンを着たまま眠ることが必須となっていた。
また、この年は何やら水回りの故障がやたら多く、トイレの給水タンクに水が溜まらなくなったり、
給湯器が故障してシャワーが使えなくなったり散々だった。
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僕が行った大概のイタリアの街は旧市街と新市街に分かれてて、住人はインフラ整備が整ってる新市街に移り住み、観光客は遺産を見に旧市街へと繰り出すという縮図が出来上がってるが、ローマに関しては街全体が旧市街の為、建物の景観は美しく保たれてはいるが、生活においては配管など老朽化が進み実情は上記のように結構大変だったりする。
その日も翌日の撮影に備え12:00前には就寝したと記憶している。
夢うつつの中、「ドーン」という音が聞こえた。
嗚呼、きっとクリスマス前で浮かれたイタリア人が花火でも上げてるんだろうと思い、ゆっくり眠りについていった。
事務所のマンションを出るとすぐにbarがあり、珍しいいことにカラオケが設置され観光客が歌ってる事が暫しある。そしてマンションの地下は近所のストリップ劇場のトイレと繋がってるらしく深夜遅くまで重低音が鳴り響いてる。
そういう訳で日常的に騒音には慣れてるので、その日も何かの音が鳴ってるくらいだったのだが、何かおかしい。
ふと足がベットからはみ出してた。これで飲みかけのグラスを足で引っ掛けて倒してしまうことがある。
足に水が触れて今回もやってしまったと寝ぼけてたが、様子がおかしい。
洪水だ!と瞬間的に飛び起きた。
先ほどから聞こえる「シャー」という音が現実味を帯びてくる。
床上浸水20cmというところか?停電になって全く目視出来ない。
明かりが欲しい!水没してるi phoneを引っ張り出した。
携帯の明かりを頼りに隣の浴室を慌てて覗いてみる。原因はシャワーの給湯器が見事に壁から剥がれ落ち、配管から勢い良く水が噴出してる。
こんな状況何かの映画で見たなぁって頭の片隅で過ぎったが、題名を思い出してる場合ではなかった。
i phoneの電池残量は残り僅かだったが、電話でなんとか助けを呼んだ。到着まで1時間。
噴出してる水をなんとかしなければ、と同時に玄関を開けて大声で叫んだが誰も気づいてくれない。
捥げたホースを利用してなんとか風呂桶に水を流すことができたのは良いおもいつきだった。
風呂桶にみるみる水が溜まっていくがそこから溢れ出ることはなかったからだ。
徐々に冷静さを取り戻す事は出来たが、水との格闘で憔悴しきってたのだろうか、ホースを持つ手に力が入らない。
やっと助けが来て元栓を止めることができたのは午前2時を過ぎていたと思う。
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やはりイタリアってのは石の文化である訳で1週間もすると多少臭いは残るが、
何もなかったように乾いていたのは驚きだった。
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床に置いていたCANON70mm~200mmは水没してご臨終を迎えましたが、
Domkeに入れてた機材は無事でした。
# by takujiotsuka | 2016-02-07 14:46 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

acqua

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古代ローマ帝国時代において、都市国家に溢れかえる豊富な水が繁栄の象徴とされていた。
現代においてもその名残がみうけられて、ローマ市内には沢山の噴水、無料の水飲み場が点在し、
その数は誰も正確に把握できていないということだ。
そしてローマにはイタリアで三番目に長い川テヴェレ川が流れている。
テヴェレ川を境に西側にある昔ながらの歴史が残る下町がトラステヴェレ地区だ。
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そのトラステヴェレ地区に数ヶ月滞在したときのことだった。
その日の朝は春らしく陽気な天気だったと記憶している。とはいってもイタリアで春という季節自体
認識されてるのか疑問なので、ここでいう春はいつも東京で迎えてる、あくびが出るくらい穏やかな日ということにしておこう。
午前7:00借りてるマンションを出て、待ち合わせ場所のキオスクまで行く。
トラステヴェレからテルミニ駅までは、バスとトラムを乗り継いで行くしかないのだが、
ATACのストライキと重なったようで、その日は車で迎えに来てもらうことになっていた。
しかしさすがイタリア人、待てど暮らせど来る気配がない。
よく見るとキオスクの横にはナゾーネ”(Nasone)と呼ばれる小さな水飲み場があった。
通りががりの通行人が屈んではナゾーネから噴出してる水を飲んでいるので、
生水は飲まないと決めてはいたが一口位は大丈夫と思い、飲んでみた。
そうこうしてる内にやっと迎えの車が到着し、テルミニ駅へとむかうことができた。

予約してたナポリ行きのユーロスターに乗り込み発車まで待ってると、何やら急激に悪寒がしてきた。
ナポリ到着間際には悪寒を通りこして、遂には持ってきた薄手のダウンでは役に立たないくらいガクガク震え始めていた。
水上ジェットに乗り換えアマルフィーに到着。陸地に上がった瞬間からまともに歩くことさえままならない。
その後の足取りは記憶がなく、気絶したようにホテルで寝込んでしまったようだ。
朦朧とした意識の中で覚えてるのは、窓から見える光を浴びて真っ青に美しく輝くティレニア海。
そして、対照的にテレビから映し出される家すら丸ごと飲み込んでる反乱した川。
それが果たして川と呼ばれていたものなのかさえ判別出来ないような全てを飲み込んでいく悪魔のような濁流の映像。

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自分とは無縁な国の出来事ではあるが、、僕身体がその濁流に飲み込まれ手足の関節がもぎ取られたような錯覚と夢に陥っていた。
3日後、なんとか熱も下がり意識もしっかりしたときに聞かされたのが、
自分とは無縁な国ではなく、日本の国で起きた出来事だと始めて知らされた。
それが僕の2011年3月11日の出来事だった
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# by takujiotsuka | 2016-02-01 16:01 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

Rodin

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ローマでロダン展が開催されたのは2014年春ディオクレツィアーノ大浴場跡ローマ国立博物館でのことだった。
展示趣向が変わっていて、工房の中に彫刻を展示してるイメージでとても印象深かったし、
女性的な大理石の乳白色には合っていた。
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大理石独特のやわらかさなのか、または企画展のテーマがそう思わせるのでしょうか?
男女を包む誇張はやがて一つに溶け合ったような作品群だった。
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# by takujiotsuka | 2016-01-23 17:20 | Trackback | Comments(0)

不思議の国の住人たち

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客観的な<もの>
「ストレート」な写真 一鮮鋭性と正面性、そして中心性に特徴づけられる。
<それ>は、しばしもっとも非創造的でアートレスなイメージだとみなされてきた。
写真それ自体が注意を引かないために、そこに写された対象の代わりを務めることになるからだ。
1920年代から1930年代にかけて、ドイツに出現したノイエ ザッハリッヒカイト(新即物主義)は、
そうした写真こそ産業の精神に同調するものだと考えた。シェルレアリストたちは、ウジェーヌ・アジェの人影のないストリート写真に、人の心に入り込むような直接性を見出した。そして、ロランバルトはその著書「明るい部屋」のなかでストレートなポートレート写真がもっとも深く感動的なイメージである、
なぜならば、そうした写真は見る者にその被写体へのまっすぐなアクセスを許すからだ   と書いている。
アーティストたちがストレート写真に目を向けるようになったのは、アートがモダニズム絵画と結びついた表現主義を脱ぎ捨てようとしていた時代と重なる。
それは、大量生産された<もの>を使った実用的なイメージだった。
そこではイメージとその対象との表象と現実の境界があいまいにされていた。対象が彫刻でもよかったし、反復するだけでも、ただ単に記録するだけでもよかった。
ストレートなイメージが持つアンビヴァレンスは、それをアートにおける写真のもっとも有力な形態へと押し上げたのだ。
※原本は手元にありませんが、作品作りの際参考にしてた文章から抜粋しました。
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アンビヴァレンスがもつ反応、事柄が「不思議の国の住人たち」へとつながっていったのか?
というと中、長期的に作品を制作していく過程ではセルフイメージ一つとっても変化が起こりうるものです。
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Assisi
この町出身の聖フランシスコの伝説に導かれ、病床にいる母のため祈りを捧げようと訪れた。
後日、奇跡的に回復した母にイタリアで撮った数十枚プリントした写真を見せる機会があったのだが、
というか一番に見てもらいたかったのだ。
特に説明をしたわけではないが、「一枚選ぶとしたら」という問いに母は「これ」と
このAssisiの写真を躊躇なく選んだ。
永遠と無常が織りなす不思議の世界がこの写真に見出されたのだ。
# by takujiotsuka | 2016-01-17 10:24 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

Madre

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2013年の秋頃だろうか。
母親が危篤だという電話が父親から入った。
ながくリウマチを患っており、薬の副作用からくる肺炎が引き金となったという事だ。
当時も渡航を繰り返してた僕は、面会に行く事も出来ずただひたすら祈る事しか許されなかった。
幸い母親もその頃はまだ体力もあり、名医といわれる医者が側にいたものだから回復する事ができた。
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その頃から死を想うようになった。
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そして2015年12月24日母親が永眠した。
火葬場で遺骨となった母親と対面した際、こういう感情が無常という事なんだ、と初めて知った。
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歓心裕徳大姉 
母親もまた、不思議の国の住人になったのだ。
# by takujiotsuka | 2016-01-10 12:30 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

Maine-et-Loire

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フランスはメーヌ=エ=ロワール県の古城へ行った時の事だった。
アンジェの街で借りたフィアット社の緑パンダは燃費も良くて助かったが、
天候には恵まれず、幾度と遭遇する分岐ロータリーでは標識を見間違え逆走することも
しばしあった。躊躇なく浴びせられるクラクションに流石ラテン系だなと感心しつつも、
日本の教習所で習った「ゆずり合う精神」は世界では通用しないと改めて悟ったのだった。
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お城までの道のりはというと、どこまでも続く田園風景と植樹された防風林、
お国柄なのか風景に可愛く佇む電柱が申し訳なさそうに曲がって立ってたりする。
お目当の村までは食事ができそうなお店は見当たらず、お城に着いた時はもうペコペコにお腹が空いていた。
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出迎えてくれた2匹の老犬とロートレックの絵画にでてきそうな、美しくてまつげの長い黒猫のコーヴィ。
女主人のキャロリンには僕のコーヴィの発音が間違ってると何度も何度も言い直しさせられてしまった。
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到着した日は日曜日。コックは休みでキャロリンも夕食の準備はしないということだ。
イタリアから持ってきたおやつでは心許無いと思ってたら、前日から宿泊してたフランス人の熟年夫婦が
夕食のレストランに一緒に連れてってくれると申し出てくれた。
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夕食への出発時刻は20時、それまでは近くの村を散策しよう。
標識を頼りにたどり着いた村は閑散としており、住人にも全く出会うこともなかった。
寂れた古城は白ワインの工場として稼働してた形跡があるが、今は閉鎖の看板が掛かっていた。
そういえばロワール県は白ワインの産地で大変有名だが、宿泊先の古城でも作ってるがロワール県のスパークリングワインは格別だったりして、そういうのはあまり知られてなかったりする。
この辺りから急激に体が寒気を催してきた。  多分アンジェの街で雨に打たれたせいだろう。
食事をしてゆっくり休めば翌日の撮影には治るだろうと思っていた。
フランス人夫婦が乗るベンツが先導し、クネクネした農道を20分程走った。
連れて来られたレストランはなんとベルギー料理の店。
この辺の村ではレストランは数件しかなく、しかも日曜日に開店してるのはこの店だけということだ。
席に着くまでの前室では壁に並べられた数え切れないくらいのワインコレクションとテーブルに並べられたチーズの山。
ベルギー料理は特に珍しい食材があるわけでなく、フランス食材の無難なメインデッシュを食べ終わった頃は22時でちょうどよい時間だった。
アルコールも入った僕の体の中では風邪菌どもが今季最高の台風並みに猛威を振るっていた。
とにかく早く部屋に帰って眠りたかった。
しかし僕の他に3組のカップルがいたが、皆食事が終わっても帰る気配が無い。
数分後に誰も席を立た無い理由が判明した。
ここの売りはワインコレクションでもなければ種類豊富なチーズでも無い、店主が歌うオペラだったのだ。
日曜日のディナー後には必ず歌を披露するということで、面白がって皆が集まるというのだ。
ツーリストをも巻き込み田舎の日曜日の余興にしては良い考えではあるが、
何も今日くらいは休みにしてもいいでしょうと思ったのは、僕だけでした。
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歌声は?というと2時間半、拷問が続いたのだった。

# by takujiotsuka | 2015-12-19 15:04 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

Giubileo

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明日8日はヴァティカンでジュビレオが始まり、サンピエトロ大聖堂の聖なる扉が開けられるという事で、
凡そ10万人の信者が世界中から聖なる扉をくぐりにくるそうですね。
ジュビレオとはなんだか聞きなれない言葉だけど、聖年という意味らしい。
聖年とはカトリック教会において、ローマ巡礼者に特別の赦しを与える、とした年ということです。
聖なる扉は25年に一度開かれ、その扉を潜れば罪が清められると言われているが、
前回は2000年に開かれたので本来なら2025年の筈ですが、法王フランチェスコが
今年は特別の聖年にすると発表したという経緯なんですね。
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近頃は信者離れが進みカトリックでも深刻な問題になったりで、法王自身も歳を考えると2025年まで聖年を待ってられないから、ここら辺で切り札を出しましょうってことでしょうか。
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日本人はアンチ宗教なので、おおっぴらに話をすると変な人に思われてしまいますが、言ってみればしっかりと子供の頃から教育されてないという実情から、拒絶反応がくるのかもしれませんね。
イタリア人と仲良くなると必ず聞かれる事といえばサッカーと宗教の話になりますので、
彼らと対話するにも自分の宗教観は持ってなくてはいけないという事になります。
何れにしても、12月のromeの活気はすさまじいです。それこそがお店なんかもSALDI SALDIで思わずなんか買ってしまう勢です。
イタリア中この時期は皆がお金持って出歩くので、きっと泥棒も大忙しでしょう。
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宗教といえば、思い浮かべるのが敬虔なとか寡黙さとか思い浮かべてしまい、何だか携帯の2年縛りみたいで息苦しく感じてしまいますね。
そういえば最近日本で知り合ったネパール人の話ですが、
彼らは日本語学校に通いながら仕事をしている人達で、僅か2年で日本語をマスターし僕ら日本人と
同じ仕事をこなすとても優秀な人材です。
そんな彼等の信じてる神はシヴャ神で彼等に「シヴャ神」って一体どんな宗教?と聞いた事がありました。
僕でも知らない四字熟語を使いこなす彼等でも、一言では語る事ができなかったです。
きっと宗教ってそんなもので高僧でもないかぎり、なんとなく認識してますでいいのかな。
それでもやっぱりシヴャ神を崇めてる以上宗教儀式は行ってるようで、特に女性はここ日本国においても、断食期間は仕事も控え家に篭ってるようです。
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確かに日本に来てるネパールの女性はスリムで敬虔に教えを守ってるように思えましたが、
男性はというと、ぽっちゃり君になっていました。
僕が「その腹でてるけど断食してるの?」と聞いたところねネパール人男性は
「そんな無意味な事はしない!!私が偉くなって断食なんてものは無くしてやる!!!もう、1日5食たべたいよ〜」とシヴャの教えを破りまくってましたが、
もしかして禁断のブタ肉にも手をつけてたりして。



# by takujiotsuka | 2015-12-07 20:17 | Trackback | Comments(0)

gypsy

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ジプシーは1407年にドイツで確認され1427年にパリに現れたという事なのでイタリアにも
その頃に出没しはじめたのだろう。
ジプシーといっても多種にわたり、どうやらローマにいるのはロムといわれる勢力という話だけれど
僕が初渡伊した2010年頃、ローマの街にジプシー達が急激に増え始めたそれらは、
EU加盟国外の東から流れてきたスリ集団ということだった。
そうやって違法に入ってきてはスリを行い、捕まって国外退去になって、また違法に入ってきては
スリというお仕事に励んでいる。
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最近は一見、ジプシーと分からないくらい小綺麗な格好してブランド店にも堂々と入ってくるので、
お会計の際鞄からお財布を出そうにも、鞄自体スラれて無いという事態もあるらしい。
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という訳で渡伊の際一番目を合わせたく無い人達なのだが、ジプシーと言えば
思い出す出来事も一つあった
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ローマ地下鉄A線の駅の一つにコッリ・アルバーニ駅がある。
アッピア街道に隣接し、周辺人民は移民も多く住んでたと記憶している
僕も短期でお世話になってたアパートがあっての時のことだった。
通勤には地下鉄を使ってた。
ショーペロの時以外は比較的通勤ラッシュめいたものは無いし、またあっても2.3本見送れば
空いてる電車に乗れるという訳だ。
その日もいつものように、ラッシュを避けスリにも会わないよう誰もいないホームの端に一人座ってると、狙ってきたかのように僕の横に座ってきた人物がいた。
暗がりでも直ぐにジプシーの子だと分かったが、物乞なのかスリなのかわからないが直ぐに電車も来るだろうしスられても困るものは持っていない。
案の定、2ユーロくれだの物乞してきた。いくらNo と言っても引き下がらないので、おかしいなと思いその子を見た。
年の頃は10から12才才くらい痩せっぽちのジプシーの女の子。
Tシャツがめくれ露出されたその子のお腹は大きく膨れ上がり、妊娠中期といったところだった。
ジプシーは国外退去を未然に防ぐ為、女の子をわざと妊娠させるらしいと聞いたことがある。
ここイタリアは中絶禁止でカトリックの国  妊娠した人間を国外退去させると法にふれるらしい。
僕もバカな好奇心が芽生え5ユーロ払うから写真を撮らせてくれというと、10ユーロなら良いとその子はふっかけてきた。
高すぎると言ったら、その子は天を指差し聞き取れない言語で「神がどうのこうの〜」と言っていた。
言い合いになってどちらも引かなく、終いには僕もその子も疲れてしまった。
数秒の沈黙あと、救いの電車が到着した。
僕は何も言わず5ユーロを渡した。女の子もそれを受け取りさっきまであんなに10ユーロにこだわってたのが、急に写真を撮ってもいいよ というジェスチャーをしだした。
写真も撮らずに電車に乗り込んだ僕を、びっくりした顏でその子は見送っていた。
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翌日、コッリ・アルバーニ駅から地下鉄に乗ると昨日のその子も乗ってきた。
バツが悪いなぁと思い知らん顔してると、
一人一人にお決まりのフレーズを言いながら猜疑的に物乞してたその子は、僕を見つけると満面の笑みで
挨拶してきた。
びっくりして僕も挨拶したけど、まさかジプシーの女の子と心が触れ合うことがあるとは思ってもみなかった。



# by takujiotsuka | 2015-11-28 18:37 | Photo Gallery | Trackback | Comments(0)

Ghetto

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旧ユダヤ人街ゲットー地区。
まさに中世の雰囲気がそのまま残ってる場所で、人間さえも中世時代からタイムスリップしてきたみたいだった。
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そんな昔の趣が残ったままなので、映画のロケ地でも時々使われてるという事です。
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2010年、初渡航時には何の予備知識がないもんで、狭〜い路地を抜けてここ
ゲットー地区にたどり着いた時は驚きとなんだか懐かしい気持ちになった。
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2010年の渡航時は土地勘もなく、また移動手段もよくわからず炎天下の下ひたすら歩いて映像素材を集めてた。
ツーリストがギャーギャー騒いで真実の口に手を入れてる横で、熱中症なりかけで座り込む事
もあったり、ヘロヘロになってこのゲットー地区を見つけたものだから本当に嬉しかったのを覚えている。
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そして忘れもしないのが、マルチェロ劇場前で演奏してたユダヤ人男性。
炎天下で真面目にアコーディオンを弾いてたのが印象深かったので、撮影を頼んでみたら
快諾してくれた。
仕事用のムービーを回し終わり、チップも多めに渡して写真も撮らせてもらった。
レンズを通して見えたユダヤ人男性の僕を見抜く目は、今まで誰とも感じた事のない感覚だった。
世の中凄いやつもいたもんだと、シャッターを切ったら今度はカミナリみたいのが僕の脳天を直撃した。
それは何かの啓示のようだった。
熱中症の後遺症ではないだろう...多分。
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そしてゲットー地区は僕のMy Favorite Placeになっている。



# by takujiotsuka | 2015-11-16 21:20 | Trackback | Comments(0)

幻のeast線

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ローマテルミニ駅には幻の番線が存在する
列車の発着線は1番から27番線まであるのだけれど、
駅構内図にも記載がない番線がある。
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ローマ近郊の町スポレートに行こうとFS線のチケットを買ったは良いが、1estと記載がある。
はてはて、estって何?
行けばわかると思い、余裕を持って出発1時間前にローマテルミニ駅に到着。
1番線から14番線はユーロスターの発着場になっるので、きっと15番以降できっと
est線があるんだと勝手な思い込みで探してみた
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確かにestの表示はある。
もしかして昔のレオナルドエクスプレスの発着場、つまり24〜27番線に新しくest線が
作られた?
今立ってる場所は15番線近く、24番線までは歩いて10分少々...間違えてたら往復20分のロス。
行って違ってたら駅員に聞こうということで離れ小島の24〜27番線へ向かってみた
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当然1estはなかった。そして頼みの駅員の姿も。
そして、出発時刻の30分前となった。
よく考えてみたら1estって書いてるのだから1番線にユーロスターを退かしてローカル線が
堂々と発着するのかもしれない!
ハリーポッターみたいな現象が1番線にも起こるもかもしれないんだ!!
と又々思い込み、駅の端から端を全力疾走。
出発時刻が悲しく過ぎ去っても、1番線には憎らしいユーロスターが陣取っていました。
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それでもスポレート行きは諦めきれず、数週間後スポレートに行くことが出来ました。
勿論、1estからですが
場所は秘密にしておきますね



# by takujiotsuka | 2015-10-30 17:35 | Trackback | Comments(0)

Piazza del Popolo

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ローマにあるポポロ広場は、巡礼者のローマの入口に当たる広場ということで
16世紀ベルニーニによってポポロ門が装飾がなされたということです。
広場に入るとサンタ・マリア・デル・ポポロ教会があり芸術家の作品が無料で見ることが出来きます。
特にカラヴァッジョの作品を観に何度も何度も通いました
鑑賞者さえも飲み込もうとするカラヴァッジョの描く黒が、べっとりと絡みついてきます。
激昂し殺人も犯した天才の作品は、不思議と押し付けがましくなくないという印象でした。
日本でも2016年3月1からカラヴァッジョ展が国立西洋美術館で展覧会予定されてるという事ですね。
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ポポロ広場の横にはロ-マ七丘に数えられるピンチョの丘があります。
景観の良さなら他にもたくさんあるので、ツーリストは少なかったように思いますが
セグウェイツアーの出発地点だったり、電気自動車の試乗会場に使ったりと大々的なイベント会場
の場でした。
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ローマ発祥の地はパラティーノの丘と言われています。
敵の襲撃にいち早く備えれるよう七丘に囲まれた場所に、都市ローマが成立していったということです。
ピンチョの丘に登ってみるとボルゲーゼ公園と続いており、その谷間をムーロ・トルト通りが走っています。ムーロ・トルト通りはアウレリアヌス城壁に沿って走る道で、ピンチアーナ門に続いているのですが、
つまりヴァチカンに向かう交通ルートして時間帯によりますが、テルミニ駅から最短でいける道になります。
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ローマ制空権の覇者は、海鳥です



# by takujiotsuka | 2015-10-23 18:19 | Trackback | Comments(0)

Isola Tiberina

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ローマのテヴェレ川中州にあるティベリーナ島。紀元前291年に神殿が建てられたという事なので
2000年前からテヴェレ川に中州があってティベリーナ島が存在してたという事になります。
呼び名が色々あるテヴェレ川はイタリアで3番目に長い川と聞いています。
テヴェレ川沿いは乾季は釣りやサイクリング、マラソンをしてる風景が見られほのぼのとしています。
水上船も運行し、夏には映画の上映場所になったりとイベントが盛りだくさんです。
またテヴェレ川といえば、今年12月に公開007スペクターでサンタンジェロ城に向かうまでのカーチェイスでテヴェレ川の防壁を走ってるシーンが番宣で写ってましたが、実際の防壁は直角に近いので、見た瞬間違和感しか残りませんでした。ただromeの交通渋滞は有名ですから、彼処を走らせようと思うアイディアは流石だなとは思いました。
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そして雨季になると水傘が増し川岸まで降りられません。
過去にテヴェレ川が氾濫し、近隣住宅が床上浸水した事もあったという事ですが、外壁に汚れとして
残っていて当時の氾濫の大きさが見て取れます。
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ティベリーナ島の、パラティーノ橋が通っていて、すぐ横には2000年前に建造された橋の残骸、
その名も壊れた橋、ロット橋があります。
ローマといえば水道橋が有名ですが、ロット橋も近くで見ると迫力があります。
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以前はナヴォーナ広場で絵を売ってましたが、どうやら引越しされた様子です
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僕は花粉症ではないのですが、なんの木か忘れてしまいましたがテヴェレ川沿いに植樹されてる木
から花粉が舞い散る季節があります。丁度日本のスギ花粉の時期と重なってると思いますが、それはもう
大きな綿帽子が雪のように舞ってます。その時期はテヴェレ川沿いには近づかないほうが賢明です。
花粉症ではない人でも、かなり気分が悪くなる量の花粉が舞い散ってます。
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ティベリーナ島には ファーテベネフラテッリ病院、聖年の年ヨハネ・パウロ2世が訪れたサン・バルトロメオ・アリソーラ教会があり、隣には美味しいジェラート屋さんもありました。



# by takujiotsuka | 2015-10-16 17:33 | Trackback | Comments(0)

Via dei Condotti

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名だたるブランド店が軒を連ねるコンドッティ通り、
旬のハイブランドは見ているだけで楽しいものです。
そして、スタンダールやゲーテ、バイロン、アンデルセンなどの歴史的著名人が訪れた
アンティコ・カフェ・グレコもここコンドッティ通り86番地に現存してます。
イタリアカフェ文化の発祥ヴェネツィアの カッフェ・フローリアンだけがグレコよりも古いということです。
残念ですが、僕はどちらも一度も入ったことはありません。
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コンドッティ通りの人混みに疲れたらマルグッタ通りへ。
コンドッティ通りからポポロ広場へ行く途中の静かで美しい通りです。
映画「ローマの休日」で、新聞記者のジョー・ブラッドリーが住んでいたアパートがある
のがコンドッティ通り51番地でした
50年以上前の映画の設定で使われたアパートが現在に色褪せる事なく存在し、いまも使われてるというのは鳥肌ものです。
マルグッタ通りは芸術家たちが住むエリアでギャラリーが散在してます
こんな素敵な通りで個展が開けたら最高ですね
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夕方になりました。天気が良いので、またコンドッティ通りに戻りましょう。
スペイン階段上のトリニタ・デイ・モンティ教会から眺める夕焼けは大変美しく、とても贅沢な時間を過ごした気になります。
また、夕刻階段下からトリニタ・デイ・モンティ教会を眺めるとコンドッティ通りからのスポット光を浴びて神々しく輝くトリニタ・デイ・モンティ教会が観られます。
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2014年渡伊の際はトリニタ・デイ・モンティ教会は補修工事の真っ最中でした。
工事の足場が組まれた教会は全く美しくありません。
観光名所ローマの美学に反するのか、そんな歴史的建像物を多い被せる養生に建物の絵が描かれています。
そうするとパッと見、工事してる様には見えないし、工事してるとわかっても特に違和感はかんじません。
考えたなぁ、と思うしこういう発想日本にあっても良いのにと思いました。
そういう訳でトリニタ・デイ・モンティ教会も教会の絵が描いた養生が被さり、一番目に止まるところに
ブランド広告が展開されていました。
TOD'Sや Moncler、PRADA、Timberlandと週替わりに張り替えられて、次はどこのブランドかな?と楽しみでもありました。
例えばTOD'Sですがコロッセオの外壁の補修工事の資金も出した事もあったりと、ヨーロッパにおいてファッションブランドが放つ力と社会貢献という役割において、僕の考えてるものより遥かに大きな責任を担ってるのだと改めて感じました。
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# by takujiotsuka | 2015-10-08 20:00 | Trackback | Comments(0)

Campo de' Fiori

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フィオーリ(Fiori)「花」の名前がつけられた市場、カンポ・ディ・フィオーリ。
ローマの活気が見られる朝市で、主に野菜や果物、チーズ香辛料など日用雑貨が売られている。
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朝市は午後に入ると終わってしまうが、ここ最近は観光客の為に遅くまでやってたりします。
そしてここの市場で売ってるポルケッタは絶品で訪れるとついつい買ってしまいます。
真昼間からromeビールのペローニを飲みながらのポルケッタは鉄板です。
ペローニ(Birra Peroni)はイタリア一売れてるビールということですが、味に癖があり
慣れるまで時間がかかりました。
とは言えスーパーで350ml0.5ユーロで売ってたら買いだめしますよね。
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カンポ・ディ・フィオーリ界隈には、スパーダ宮やロショーリもあるし、信号渡るとナヴォーナ広場とあって年中活気で溢れてます。
夜の市場も気になって覗いて見ましたが、高校生くらいの子らの待ち合わせ場所となっていました。
渋谷のハチ公前ではなくカンポ・ディ・フィオーリのジョルダーノ・ブルーノ像前とは気位が違いますな
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僕らくらいの年齢になるとトラステレヴェレ地区で飲むことが多いらしいです
夜のトラステレヴェ地区の雰囲気は渋谷に近いと思いました。
僕が行った土曜日は観光客も含め、人でごった返しで渋谷センター街をあるいてるような
錯覚を感じました。
大半の日本人の飲みの締めはラーメンだと勝手に決め付けて、連れ添いのイタリア人にも話しました。
イタリア人の飲みの締めは何?と素朴な質問の答えはコルネットということでした。
締めに甘〜い菓子パンを食うイタリア人はなんて変な人たちなんだと鼻で笑ってしまいました。
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そして、早朝4:00になり締めのコルネットを探しにトラステレヴェレ教会近くのパン屋さんに行きました。
地元ローマっ子のお墨付きのお店です
早朝4:00というのに開店してお客もチラホラいます
昨晩は結構お酒を飲み、お腹もそんなに空いてませんでしたが、なんというか焼きたてのコルネットの香りを嗅いだ瞬間、急激な食欲が沸き起こり気が付いたらむしゃむしゃと食べていました。
締めのコルネット最高! うまい! ということに気づきました。



# by takujiotsuka | 2015-10-02 17:52 | Trackback | Comments(0)

Roman Catholic Church

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永遠の都ローマ。
ローマにはキリスト教芸術の最高峰とされる数々の名画や建築物が街中に溢れています。
その精神世界の門戸として役割を果たしているのが教会といえます。
ミケランジェロ、ベルニーニ、カラバッジォなど歴史に残る名画が無料で鑑賞できるのは
ローマ以外ではまず考えられません。
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実際、ローマ市内における教会に数は300とも400とも言われていますが、正確な数字は
誰に聞いても知らないという答えが返ってきました。
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最近になってイタリアのニュースですが、
国外に国宝級の絵画や名画を中、長期貸し出ししてるので国内展示の妨げになってる
というニュースが流れたと話に聞きました。
展示してる国は大きな収益を上げてるが、貸したイタリアは展示品が無く閑古鳥が鳴いてる、
イタリア人って商売が下手だよねって内容らしいです。
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教会にしても博物館、美術館での写真撮影は事前に確認しなければいけません。
世界遺産でも写真O.Kの場合があるのはびっくりします。さすがイタリア!
余談ですが、basilicaとはローマ風の聖堂 会堂とあります
すなわち教会という意味で現在使われてますが、語源を辿ると集会場の意味を指し
古代ローマでは政治家が演説する場所になっていました。
古代にはもちろんマイクなどありませんから、石作りの壁龕で音が共鳴するよう設計されています。
イタリアにおける博物館、美術館は遺構の後に作られた石作りの建築物ですから、
それは大きなシャッター音が鳴り響くというわけです。
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写真は2014年12月のプレセピオです。
キリストの誕生を祝う人形劇です。街中がそんなムードなものですから25日キリストが
飾られた時は感慨深い気持ちになりました。
また、現代のキリスト像は信じる国によって様々なようで
肌が褐色のキリストが誕生した地域もありました。



# by takujiotsuka | 2015-09-26 17:47 | Trackback(1) | Comments(0)

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サン・ピエトロ大聖堂の身廊に入るとその巨大さ、荘厳さに驚かされることになる。
誰もが自然と天井を見上げるよう設計されてるため、高さにして約120mの教会堂は
上に行くほど内部装飾が豪華さを極めている。
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身廊に入って直ぐ右手前に「ピエタ像」があり、続いて「サン・セバスティアーノ礼拝堂」となる
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2011年4月、ベネティクト16世によりヨハネ・パウロ2世の棺はサン・セバスティアーノ礼拝堂の祭壇に再埋葬された。これにより礼拝堂前には連日沢山の人だかりができている。
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ヨハネ・パウロ2世といえば1981年サンピエトロ広場にて、トルコ人マフィアのメフメト・アリ・アジャに銃撃された暗殺未遂事件が有名です。
手術を受けて一命を取りとめたヨハネ・パウロ2世は刑務所にいきアジャ氏を許しました。
自分の命を狙った暗殺者に、正面から向き合えるヨハネ・パウロ2世は流石に真のリーダーだと思います。
日本のABC級戦犯もサン・ピエトロ大聖堂に祀られていますが法王ヨハネ・パウロ2世によって叶えられました。
そして余談ですが、ヨハネ・パウロ2世の血で染まった法衣は2014年4月保管されていた教会から盗まれたそうです
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その後アジャ元服役囚は新教皇フランシスコに面会を求めたが、面会は受け入れられなかった
とイタリアのニュースで知りました。
当然の結果ではありますが、新教皇フランシスコの対応を是非観たかったと個人的には思います。
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話はヨハネ・パウロ2世に戻りますが、聖人には2つの「奇跡」が認定されなければいけないそうです。
現代において「奇跡」って難易度が高い話ではあります。
でも大勢の見てる前で至近距離から暗殺され生きてる訳ですからこの一例だけでも十分「奇跡」ですよね。
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調べてみると面白い記事がありました。サン・ピエトロ大聖堂を含むイタリアを訪れた観光客がかかる「スタンダール症候群」という病気があるらしいです。
これは、膨大な芸術作品群をできる限り多く見て回ろうとする強迫観念が、観光を楽しむ余裕を奪い、頭痛などの症状を発するものである。
気をつけましょう
# by takujiotsuka | 2015-09-19 18:05 | Trackback | Comments(0)

Stato della Città del Vaticano

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バチカン市国
ローマ教皇庁によって統治されているカトリックの総本山。
独立国家で市国全域が世界遺産として登録されている
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故に独自の通貨、切手が流通し放送局まで存在する。
もちろんバチカンのラジオはローマでも聞くことができて
僕がいた12月は24時間流れっぱなしだった。
昼間の午前と午後はミサの中継や高僧の説法が粛々と流れ
夜中の2時以降はなんとエアロスミスが流れてきて、びっくりした事があった。
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バチカン市国へは簡易な柵を越えれば入国となり、もちろんパスポートの提示は必要ない。
サン・ピエトロ大聖堂の正面には楕円形の広場、サン・ピエトロ広場がある。
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの設計により、約40万人収容可能という広場の由縁は
何人をも包み込むよう大きな空間を用意したということらしい
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年間を通し休みなく大聖堂は開いていて、朝8時から17時30分まで無料で見学が出来る。
朝9時を過ぎた頃にはセキュリティーで列が出来始め、何かの行事と重なると、セキュリティー通過まで
2時間以上かかることもある。
真夏の炎天下で2時間待ちはまさに苦行である。
しかし春から夏にかけての大聖堂に差し込む光は、人間が設計し150年かけ計算され尽くされてると分かってはいるけど
神秘性を感じずにはいられない。
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思わず改宗してしまいそうになる大聖堂の内部だが、ため息ばかりついてる場合ではない。
何故なら此処は、romeで一番スリが多い場所なのである。


# by takujiotsuka | 2015-09-13 16:42 | Trackback | Comments(0)

romeで散歩

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ローマの夏の風物詩といえば、日本でもおなじみ西瓜です
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日本で女性のバイク通勤はあまり見かけませんが、イタリア女性は結構多いです
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チンクェチェント  今でも現役バリバリ
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芸術作品が街中ゴロゴロ
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イタリアの警察は大きく分けて3種類 カラビニエリ  国家警察 財務警察
なので街中は警官だらけです
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僕の子供時代は買い食い禁止でした。
理由はみっともない 常識はずれ 恥ずかしいと親から散々いわれましたが
この年になっても買い食いはやめられません。
# by takujiotsuka | 2015-09-05 19:19 | Trackback | Comments(0)

Villa Borghese

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ボルゲーゼ公園はローマにある80ヘクタールの広大なイギリス式庭園
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広い緑あふれる公園で、噴水、湖、神殿など見所が沢山あり
休日にはローマっ子の憩いの場になっている。
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もともとは狩猟場だった所で、1901年に公園となり噴水、建築物、庭園が点在するようになった
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時は慶長17年(1612年)第一回の使節団として、伊達政宗から欧州各国との外交
交渉をするために派遣された仙台藩の支倉常長がいた。
ローマ滞在時にはローマ市民権を得て貴族の扱いをうけてたそうです
滞在期間は3ヶ月とも1年とも言われています
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400年の時を超え同じ日本人として同じ光景を見たであろうボルゲーゼ公園を歩いていると、何だか不思議な気持ちになってしまいます
# by takujiotsuka | 2015-09-02 16:24 | Trackback | Comments(0)

Menton

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コート・ダジュールのマントンはイタリアとの国境にある静かで美しい町だ。
ジャン・コクトーが自らの生涯を記録する新コクトー美術館がある。
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ニースを拠点に滞在するならばモナコ、エズ、サンポール、ヴァンスそしてマントンと優雅で充実した観光を楽しめる。
先ずはカーニュ・シュル・メールへ ルノワールが晩年に過ごした自宅とアトリエがそのまま美術館になっている。Hotel Negresco前から100番バスで40分位で到着だったと思う。
もちろん地図など持っていない。迷いながらそれでも一歩一歩力強くと目的地へ向かう。
小さな丘を登り中腹に差し掛かるとき美術館が見えてきた。
途中、観光客にすれ違うこともなかったので不安だったが、
案の定改装中だった。
どうやらルノワールには振られたようだ。
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4月のコート・ダジュールは大変過ごし易い。ちょうど北海道の初夏に近いと思う。
次の日サンポール、ヴァンスへ向かう。あいにくの雨模様で気温は下がっている。
着替えなど持ってこない。ヨーロッパの格安航空会社運賃の最安値は3000円位だと思う
荷物が増えるたびに料金が嵩むので最低限の荷物しか持ってこなかった。
雨足が途切れず、ヴァンス村ではかなり迷うはめになった
きっと雨のせいで嗅覚が鈍ったのかもしれない
やっとのおもいで、ロザリオ礼拝堂についた頃はもうへろへろだった。
教会の一箇所しかないトイレを外国人のおばちゃんと取り合いになったりで
外観の美しさはゆっくり見ることはできなかった。
それでも礼拝堂は一見の価値があることは間違いない。
3色の色彩と線の配置が神格化を図り、シンプルが故作者マティスの真理の探究へと導かせてくれる。
そういえばマティスは法王の衣(?多分)を製作し、ヴァティカン美術館に収蔵されているが、
お裁縫をしているマティスをイメージすると何だか微笑ましい気がしてならない。
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さあ、そしてマントン。
先日の夕食の際、行き方を予習したので間違いはないだろう。
この停留所から⚪︎⚪︎番バスだ。多分これと思われる予定のバスが着たが、見るからにちびバスだ。
ほんとに大丈夫だろうか?恐る恐る乗り込む。
乗客は僕一人。
海岸沿いにニースの町を半周して終点だった
僕の短く、一足早いゴールデンウィークはそこで終了した。
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そして翌年、revengeがおとづれた。
なんのことはないコート・ダジュール空港から直接マントン行きのバスが出てたのだ。
場末の寂れた漁港をイメージしていたが、やはり観光地コート・ダジュールだけあって
それを許してはくれなかった。
ただ、ニースなどに比べてお高くとまってない所が肌に合っていた。
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車でこの辺りの海岸線をゆっくり周れたら、良い写真が撮れそうな気がした。
# by takujiotsuka | 2015-08-22 15:11 | Trackback | Comments(0)

Nice

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フランス南東部コート・ダジュール地方に位置する都市
世界的な保養地とあって日本でいう団塊世代が非常に多い街だ。
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風の穏やかさと何と言っても水が柔らかくて肌に優しい
イタリアの硬水とは大違い
昔はイタリア領だけあって日常的にイタリア語が通じ、至る所にピッツァ屋がある。
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カフェで隣に座ったシニョーラは「もうイタリアには用がない。フランス人と結婚して此処に移住したい」
50代にしてなんの迷いもなく野心を語っていた
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旧市街に行くと屋台に行列ができていた
「ソッカ」(スペル忘れた)という食べ物だが、クレープの皮となんら変わり映えがない。
専用の銅板で焼くのがセオリーらしく、近くにある本店から専用銅板を提げた自転車が幾度も往来してた。
やっと順番が来た
クレープの皮をたっぷりの胡椒を振りかけて食べる
ただそれだけだが、こういうのもアリだと思った。
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数日の滞在でしたが、多くの芸術家がここ南仏を愛した理由がわかる気がしました
# by takujiotsuka | 2015-08-16 19:18 | Trackback | Comments(0)

Venezia

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アドリア海の女王の名を持つヴェネツィア共和国
いづれはアドリア海に沈むといわれるヴェネツィア
ヴェネツィアを語るとき、ローマ人でも尊信 の念を示す。
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最初にヴェネツィアを訪れたのは2011年の5月で短い春というのか、早朝はまだ肌寒かったのを覚えている。
ポルトガル人総勢300名のツアーのカメラマンとして参加したのが始まりで、ヴェネツィア、ミラノ、ローマの順で周遊するというものだった。
ポルトガル人の特色というのは今でもよくわからないが、初日からサンマルコ広場で自由行動をとられると誰が誰だか全くわからなかった。
ヤマ勘で片っ端から撮影してると、その夜パーティーで呼ばれた名前が「パパラッチ」だった。
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二度目は2012年の秋だった。3日ほど纏まって休みがもらえたのでぶらりと行ってみた。
ローマからヴェネツィアまで寝台列車で行くとサンタルチア駅に翌朝5:00に到着する。
僕の乗った寝台列車は料金が安く、4人部屋は満室だった。同室だった女の子
に最後「Wild Asia 」と言われた
理由を考えてたが、きっとイビキがうるさかったんだろう
ごめんね
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さて水上タクシーは6:00から運行開始で、そろそろ朝日も登り始め明るくなった。
多少 荷物があるので予約したホテルに置かせてもらおうと思い広場行きのタクシーに乗った。
場所はサンマルコ広場から徒歩20分と記載がある。
イタリアは道という道に名前がある。
間違えるはずはない。
しかし、貰った地図を何度行き来してもそれらしきホテルは見つからなかった。
結局、到着した時間は13:00を回っていて、しかもホテルの矢印がついた道から1ブロック離れていた。
女将に文句を言ったら、ここは分かりずらいからお客は水上タクシーで直接乗り付けるとの事。
疲れ果ててその日は寝落ちしてしまったのでした。
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それでも悪い事ばかりではない
9月といえば僕の誕生日にあたる月だ。
1日くらい美味しいディナーが食べたい。
早速予約「そちらうまい牡蠣食わせてくれるらしいけど、ありますか?」
「ありますよ」「それじゃ今夜リザーブして」
20:00お店到着
「予約した牡蠣くださいな」
「お客さん、牡蠣食べたいなら2〜3日前から言ってくれなきゃ困るよ」
「.....お〜ぃ」
「そうそう、牡蠣は出せないけど同じくらい美味い貝ならあるよ!まじ美味い!」
「ぢゃぁ、それにして」
このリストランテは家族経営で人気店らしい。
オープンキッチンで視覚でも楽しませてくれる。
定番だが、いか墨のパスタと白ワインで乾杯。
なんだかとてもいい気分になってきた
そしてついにメインの美味い貝が運ばれてきた
美味い貝の日本語名は特に聞かなかった  
サプライズを期待してたのだ。
目の前に出された貝の形はなんか見覚えがあった。
子供の頃、飽きるほど食べた記憶が蘇る
それの正体はホタテ貝だった
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そうかホタテ貝はヴェネツィアでは高級品なんだね。



# by takujiotsuka | 2015-08-13 21:42 | Trackback | Comments(0)

The Boxer at Rest

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紀元前1世紀頃の拳闘士のブロンズ像。
ボクシングの試合後ということらしく、傷、打撲の跡、腫れなども表現されていて
とにかく、異彩をはなっている。
他の国では先ず見たことはないがイタリア人男性特有というのか異常なくらい撫で方で、肩甲骨が45度くらい下がってる男がいてびっくりすることがある。
撫で方の利点といえば格闘技でリーチが長く活かせるということだが、パンチ力も相当なものだろう。
ヨーロッパ人の中でも取り分け体が大きいという訳ではないイタリア人が、巨大なローマ帝国を築けた理由は拳闘士のブロンズ像から見てとれるように、異常なくらい進化を遂げたリーチの長さと身体能力だったりしたら面白い。
兎に角、紀元前の戦闘民族のDNAが現在にも脈々と受け継がれてるのは一興である。
拳闘士のブロンズ像はローマ国立博物館からマッシモ宮に収蔵されている
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# by takujiotsuka | 2015-08-09 15:27 | Trackback | Comments(32)